魔法にかけられた

私の給料がエマちゃんの餌代になるなら本望

高2の宿題で書いた読書感想文が出てきた。

「いのちのうた」で最後にうたわれた「Hey和」、実は私が高校1年生の時に合唱祭で歌った曲。
スタインウェイの2000万円のグランドピアノが弾きたいから」という極めて邪な理由でピアノ伴奏者に立候補したはいいものの、その当時の最新曲過ぎて練習用CDもなく、ひとり夏休みに真夜中まで宅録してたりと思い出がありまして。
ギャースカ文句言う私にめげずに練習ついてきてくれて、中学時代は絵にかいたようないじめられっ子だった私は初めてクラスの中心でみんなに囲まれてワーワー言われている状況がうれしかったし、合唱祭後にみんなにありがとうって言ってもらえたことはきっと一生淡い思い出の1ページ。
…っていうエモに浸って卒業アルバム引っ張り出したら、こんなものが出てきた。
「読書感想文(閃光スクランブル)」。
多分冬休みの宿題なんですけどね。

校内で優秀賞なるステキな響きの賞を貰ったコイツの原文が残ってて、しかもなんか高校二年のクセにクッソ背伸びしてやがる文章で面白かったんで載せてみる。
ちょっと前に友人に話して「読んでみたい」って言われてたしついでってやつだよブラザー。
諸君夏休みの宿題の足しにでもしてくれ。
ただし私の書く文章はクセしかないので好き嫌いが真っ二つに分かれるのがお約束で、先生によって評価真っ二つだったんでそこは自己責任で頼むよ。
丸写ししても全然構わないけど絶対おすすめしない。君の成績の責任はとらんぞ。





オルフェウスはそのあとどうなった」


お前の魅力ってなんだ。そこそこの顔、そこそこの実力。あるのは人並外れた運だけだ。魅力なんてかけらもねえ―

初めに断るが、本の内容を連ねてだらだらと感想を書き連ねるのは好きではない。したがってこれは本書を読まないと何が言いたいのかわからないよう意図して本筋から微妙に外れた感想文である。何はともあれ、ぜひ手に取って読んでほしい。

「自分の中の天使と悪魔が押し問答をする」というシチュエーションはしばしば人間の二面性を表す際に多用される比喩だ。善人は天使、悪人は悪魔である。
では本作に登場するジャックのように、自分を客観的に見、徹底的に責める善人でも悪人でもない「死神」が現れたら、なんと声を掛けられるのだろうか。
生徒会の一存で偉ぶってんじゃねえよ、風紀委員長だなんて自分がコミュニティーの中で少しでも偉くなったつもりなのか。お前の話なんて誰も聞いてないじゃねえか。現に朝の声掛け運動だって誰が積極的に参加してるんだ。結局お前の牽引力不足なんだよ。
きっとそう責められるのだろう。
なぜそう思うか。答えは簡単だ。私に上記のような意見を直接言わず、名前を伏せて、ツイッターで意見している人がいるのを知っていて知らないふりをしているからだ。
「他人の不幸は蜜の味」とはよく言ったもので、そうでなければ週刊誌は売れないし、私の愛するアイドルはフライデーに追い掛け回されないだろう。他人の不幸を骨の髄までしゃぶろうとす悪趣味な輩は、隣のあの人の化けの皮を一枚剥ぐだけで簡単に現れる。
このたった校内700人足らずのコミュニテイーですらそんなことが起こっているのだ、世間の目にさらされ続ける芸能人は一体どうしたらよいのだろうか。

「欲望とはヒビの入ったグラスだ。満たそうとして注いでも、永遠に裂け目から漏れ続ける。決して満たされることはない。」
「あの時描いた未来ってこんな形だったのかなあ…」
作中のアイドルはこう語る。与えられるポジション、世間からの賛否、売り上げ、ファン数。如実に数字や言語になって突きつけられる。
それは「メンバー同士仲がいい」では補填し難く、はじめのうちは友人の健闘を喜べても、即ち自らの地位や給料に直結するようになった時、それでも喜べるだろうか。
例えばそれが加入していた後輩に易々と抜かされていったとしたら。それでも先輩として威厳を持って立ち続け、気丈にふるまうことはできるか?もし私なら無理だ。
自分はもうこの場所には必要ないのだ、と感じてしまう。
作中の亜希子のように、逃げ場を探してしまうだろう。

私は今、部活でも生徒会でも人の上に立つポジションにいる。それゆえに賛辞もバッシングも耳にするし、後輩に抜かされることも勿論ある。
そんな時の逃げ道として、アイドルを見ることが私の最大の癒しであり心の拠り所だ。
じゃあ、私に寄り掛かられたアイドルはどこに寄り掛かっているのだろうか。寄り掛かる先はあるのだろうか。そこは果たして寄り掛かっていい場所なのだろうか。倒れてはいないだろうか。ふと考えることがある。
現役アイドルである著者にここまで克明な、あるいは実体験として目撃したのではないかと錯覚するほど極彩色に、寄り掛かってはいけない場所へ身を擡げている描写をされたら心がざわざわと沸き立ってしまう。
週刊誌で切り取られ、センセーショナルな見出しとともに他人の不幸として吊るし上げられ、根拠のない文言に世間の関心が冷めるまで永遠に踊らされ続けるその舞台にアイドルを押し込んだのは私たち視聴者、消費者自身なのではないだろうか。
思わず彼に伸ばした手を引っ込めそうになる。私の差し出しているものは知らずのうちに彼を蝕むナイフになってはいないだろうか。

最後に完全な蛇足だが、著者について少し話させてほしい。
著者加藤シゲアキは、ジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループ「NEWS」のメンバーであり、つまり紛うことなき現役アイドル。私が本書を手に取った理由はアイドルとしての著者のファンであるからに他ならない。
ところがこのグループ、全く順風満帆ではない。9人で結成したものの相次ぐ不祥事でメンバーが激減。2011年にはとどめの如く主要2人が脱退し、つい昨年までグループごと生死を彷徨っていた。

本作が執筆されたのは、4人になったメンバーが再起を決意し、ステージに立ったときと時系列が重なる。
作中の亜希子の台詞は、復活のステージで「正直、もうダメだと思いました。」「でも、もう、裏切ったりしないから。」と話した著者の本心に近いものがあるのではないか、いや、そうであってほしいに近い邪推をしてしまうのもまたファンの性である。

アイドル作家と侮るなかれ、アイドル作家だからこそ、このような台詞はベルベットの質感を帯び、極めて不快感なく纏わりついて離れない。著者と重ね合わせてしまうことができるからこそ、現実と虚構の境目の曖昧な、ある種恐ろしい世界を描くことが出来るのだ。

コイントスをしよう。表が10円の額面表記、平等院鳳凰堂が裏。もし表なら本書を手に取りなさい。裏が出たら。「NEWS LIVE TOUR 2012~美しい恋にするよ~」、税込・6000円。